メルマガ175


🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲 🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲

森の駅発メルマガ No.175
2024 March 弥生 草木がいよいよ生い茂る月の「木草弥や生ひ月 (きくさいやおひづき) 」 から「やよい」 となる。
 毎年3月に我々の頭をよぎるのは、未曾有の被害者(死者・行方不明者2万2212人)が出た2011年の
「東日本大震災」(3月11日)です。家族、友人、家、学校、職場を失った被災地の筆舌に尽くしがたい
悲しみと、続く困難に日本中が心を寄せてきました。未だ風評被害など想定外の不安と闘う途上ですが、
当時小学生だった子供も立派な成人となっておられます。この1月に被災の能登半島被災の方々も同じく
不安と苦労の中です。補って余りある天恵を願い、ご多幸を祈念致します。海外ではマグニチュード 9.2
の「アラスカ大地震」(1964)、メキシコの「エルチチョン山大噴火」(1970)がやはり3月でした。
江戸時代の「明暦の大火」(1657・世界三大大火)や「桜田門外の変」(1860)、昭和の大蔵大臣舌禍
による「昭和大恐慌」(1927)や「よど号ハイジャック」(1970)等の人災も教訓としたいものです。

🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲 🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲

目 次
・山小屋通信「里山散歩・初音山」大森 明
・<青ヒバの会>「住まいのカタチ8章 - 第3章」市川 皓一
・美術コラム「栄之の『桜と花魁』」戸田 吉彦
・お知らせ「新作映画『サステナ・フォレスト~森の国の守り人たち~』上映案内・川上敬次郎」

🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲 🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲

山小屋通信「里山散歩・初音山」大森 明(森の駅発メルマガ編集・発行)


先日、生田(神奈川県川崎市多摩区)にある初音山(はつねやま)に登った。登ったといっても
住宅街に囲まれた標高100mに満たない雑木林に包まれた小高い緑の丘だ。この初音山を含めて
1.5haが生田寒谷(さぶやと)特別緑地保全地区として指定・保護されている。林の中は遊歩道が
きっちり整備されていて、面積は小石川植物園(東京)の十分の一程度しかないが、アップダウン
の効いた里山歩きが味わえた。

初音山は最寄りの駅から徒歩30分くらいかかり、バス便も無いが、当日はけっこう訪れている人
がいた。アップダウンをものともせずランニングしている人もいれば、犬を連れてのんびり散歩
している人もいた。様子から判断して、地元の方々が多いようだ。住宅地内の貴重な緑地として
愛されているのだと思う。

低いとはいえ見晴台から東京の高層ビル群・スカイツリーが見える山である。ここ数年でだいぶ
高層ビルが増えた感じだ。反対の方角に見えるはずの富士山は、残念ながら雲がかかって見えな
かったが、前衛にある丹沢山地は大山をはじめくっきり見えた。林立するビル群より丹沢の山並
を眺めているほうが気が和むのは私だけだろうか。次は富士山が見える日を狙って来たい。

ところで、ナラ枯れ被害はこの地域にも及んでいるようで、コナラやクヌギの木の幹にはカシノ
ナガキクイムシを捕獲するためのビニール製トラップが掛けられ、対策がなされていた。人々の
憩いの散策コースの初音山が、ナラ枯れ被害で枯れ木の山とならないよう祈りつつ下山した。

🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲 🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲

<青ヒバの会>「住まいのカタチ8章」 市川 皓一(一級建築士)

「青ヒバの家づくり」についての3回目です。

第3章「青ヒバの家」は抗菌住宅
① 抗菌効果と都市住宅

 マンション、戸建てに関わらず、都市の過密化が進み、億ションと言われる超高層共同住宅が
次々と建っています。一説によれば、中国の北京や上海では、日本より10年以上前から2000棟
以上の超高層ビルとマンションが立ち並んでいるそうです。日本は中国より国土が狭く共同住宅
の高層化は避けられませんが、大きな落とし穴があり、それが地上から隔絶された高層階の生活
で台風や大震災時による停電で起きる孤立です。またオール電化住宅は換気システムが機能しなく
なり、特にコロナ禍のような感染症の蔓延時には、無防備になります。不特定の住民が利用する
エレベーターの内部や廊下で感染菌がまき散らされると、空気の汚染からマスク以外の防御策は
ありません。地上に逃げたくともエレベーターの故障や停電による停止は不安を増大させます。
まして10年後の修繕費は想像を超え、土地代が高くとも都会に平家の「青ヒバの家」に住むこと
を20年来の目標にして実現した施主もおられます。さらにその方はソーラーパネルを屋根に載せ
自力で電力供給不安もカバーされました。

 「青ヒバの家」は無農薬住宅です。青森ヒバ中心に国産材100%の家づくりで究極の健康住宅
を目指して造って来ました。平成15年(2002年)に国交省は建築基準法を改正、住宅の建材や
塗布する塗料、木材を腐食するシロアリ駆除の薬剤使用を禁止し、化成品を使用せざるを得ない
工業化住宅は24時間換気ファンの稼働を義務付ける、シックハウス法を制定します。ここへ来て

せざるを得なくなったのです。自然素材100%の「青ヒバの家」でもこの法令に従っています。
しかし工業化住宅で停電時にファンが停止し、住む人が化学物質に過敏に反応したらどうすれば
良いのでしょう。化学物質のホルムアルデヒドは一部の接着剤や化製品に含まれアレルギー反応
を誘発しますが、ベニヤ合板やプリントシートに大量に使用されて出回っています。

 一部のメーカーハウスや2×4住宅は軸組構法でなく、構造用合板の糊付けで造り耐震化工法と
して売られ、戦後30~40年に建てた住宅の土台と柱は、外国産材なので日本の高温多湿の気候に
合わず、腐りやすいため防腐剤を塗布しています。シロアリは無垢の外材に潜み日本に入ると土台
や大引材に食害を及ぼします。これを避けるため、人体に猛毒なクロルピリホスを含有している
シロアリ駆除薬剤を塗布し、そのため多くの人がアレルギー反応を発症しています。

 青森ヒバの樹液には超能力とも言える力があり、抗菌性が高く、空気中に浮遊するカビを滅菌
します。床や壁、天井の仕上材に多用すれば、「青ヒバの家」はおのずと抗菌空間になります。
樹液の中にヒノキチオールが含まれ、心地よい香りと共に健康住宅の基本となる空気環境が保た
れます。さらに間取りを工夫し、窓の位置を適切に配置すると、屋内に風の通り道が出来ます。
日本の風土では、湿度との共存を計るため、自然の通風が不可欠なのです。

② 結露指数は不快指数


 地球温暖化現象は増々顕著になり、気温30度以上に湿度65%を超える真夏日は100日を数え、
連日下がる事はありません。エアコンのクーラーは昼も夜も消すことのない毎日で、冬場も暖房
用にエアコンを付け、空気循環も計りますが、気密断熱の進んだ住居内では結露が発生します。
夏も冬も外気温と室内の温度差は大きくなり、空気中に含まれる水分量の差(水蒸圧)が結露水
となり、窓際のカーテンや外壁面の内側のクロスには黒ズミ(カビ)が発芽します。カビを好む
ダニが大量に発生し、ダニの糞がまき散らされ、免疫性の弱い人が呼吸器官を犯され、ゼンソク
のような症状を起こします。そもそも高温多湿な日本の風土は、湿度と協調する住環境をいかに
造るかが日本型住いの根本命題でした。空間の体積を大きくすれば空気中の水分を分散させる事
ができます。引戸を多用することで軸組空間は空気の流動化が生まれ、夏は襖を御簾(ミス)戸
に取替える知恵が生まれました。そもそも結露は相対湿度の事で温度が高ければ空気中の水蒸気
の飽和量が多く、低ければ少ない訳です。つまり、体積と温度が影響します。
現代の住宅はプライバシーの尊重により間仕切りがなされ、室の出入り口はドアになり、小さく
小分けされた個室群住宅になりました。(各室にエアコンを設けなければ)空気の対流は押さえ
られ、必然的に結露が発生します。やはり日本の住宅には、調湿性のある無垢の板材を内装材に
使用し、夏は吸湿、冬は放湿させることが望まれ、呼吸する度にヒノキチオールの樹精分が室内
に放湿され、カビを抑える、青ヒバ板貼りは心地よい居住空間が維持され理想的です。

③ ダニアレルギー症を起こすメカニズム


 アレルギーの原因となる抗原(原因物質)をアレルゲンと言いますが、これが入り込むと肥満
細胞の細胞膜の変化→細胞の代謝系の活性化→活性物質の放出、と作用します。この活性物質が
気管支に作用すれば、筋肉を収縮させ、粘膜にむくみを作り、たんを増加させ、空気の通る道を
狭くし呼吸が苦しくなり、気管支喘息の発作を引き起こします。青ヒバはシロアリ、ダニ、カビ、
結露に強く腐朽効果も発揮します。特に気密化の進んだ都市住宅でシロアリの食害とダニ、カビ、
結露による被害は深刻です。青ヒバの無垢材から発するヒノキチオール(桧には含まれない)に
は香りと共にフィトンチッドの抗菌作用があり、室内に醸し出される青ヒバ材の呼吸は甘い香り
と共に調湿機能があるのでウッドセラピーの森林浴となり、家に居て森に住む心地よさです。
これまでも小児ぜんそくやアレルギー疾患のある方が<青ヒバの会>の住まいづくりに参加し、
癒しの家づくりをしてきました。

 青ヒバは樹齢100年を超える天然自然林から産出し、国有林として保護され、枯渇を免れてい
ます。柱、土台、大引き等の構造材やフローリング、建具等の造作材に活用され<青ヒバの家>の
仕様基準はフラット35を前提にした高品位な高耐震住宅です。土台等を腐らせる菌にも強く、無
農薬な住環境で住む人を守ります。また青ヒバ材は浴室の内装材、湯舟、洗面、キッチンの甲板
や家具にも使えます。天然材の証しとなる節もありますが、丸太1本買いを活用し利用率を高め、
木の家の部位、部材の50%以上を使う登録発注システムを取り、「青ヒバの家」としています。
歩留まりを高めて、全て使い切る「ゼロ・エミッション」を果たせば、森も家も人も元気にする
「エコロジーハウス」になります。(つづく)


🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲 🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲

美術コラム「栄之の『桜と花魁』」戸田 吉彦(一般社団法人日本美術アカデミー理事)


鳥文斎栄之(ちょうぶんさいえいし)桜下花魁禿図(おうかおいらんかむろず)右:部分拡大図 ミネアポリス美術館蔵 詳細未公表

 今年も桜の花が咲き、お花見の季節です。平安貴族に始まり太閤の宴を経て、将軍吉宗が経済
活性政策で江戸市中*1に桜を植え、庶民に奨励した花見が全国に広がるのは明治以降です。花見を
楽しむ江戸庶民を描いた北斎の絵を昨年紹介しましたが、都市に自然を再現して楽しむ行為は、
近現代公園の原型で、市民の余暇の萌芽なのです(『都市の森 森の庭』海野弘著 1983・新潮社)。

「打ちとけて 我にちるなり 夕ざくら」几董(高井几董・たかいきとう・1741-1789 俳人 与謝蕪村の高弟)
 浮世絵は花鳥風月を楽しむ人を描く風俗画と美人画からといいます。草木も陽気になる今月は
桜を観る美人画から異色の浮世絵師、鳥文斎栄之(細田栄之・1756-1829・本名時富)を紹介します。
先月は天才絵師狩野探幽の紹介でしたが、探幽の実弟狩野尚信から数え六代目の狩野栄川院典信
(えいせんいんみちのぶ・1730-1790)に始まる木挽町狩野家* 2 は、明治にも狩野芳崖や、横山大観と
菱田春草を教えた橋本雅邦を輩出し、江戸狩野派最期の光芒を放つ流派でした。その栄川院本人
に学んだ武士が、美人画の歌麿(1753-1806)と人気を競った浮世絵師の鳥文斎栄之でした。

 先に、江戸町民文化に触れ江戸琳派の中心画家となる、姫路藩主酒井雅楽頭実弟の酒井抱一
(1761-1828)を紹介しましたが、栄之は曽祖父と祖父が幕府要職の勘定奉行職を勤めた五千石の
名門旗本の長男です。忠臣蔵の高家旗本、吉良上野介が四千石余ですから五千石は相当な禄高、
それを捨てて浮世絵師となるのは、今の高級官僚がイラストレーターになるような転身です。

 安永元年(1772)に栄之は家督を継ぎ諸役を経て布衣(ほい・典礼着用の無地の狩衣・六位相当叙位者)
着用の位となり、天明元年(1781)から小納戸(こなんど)役になり、江戸城西丸で将軍の絵具方を
天明三年(1783)まで勤めます。小納戸は将軍近侍職で、若年寄の管轄下、将軍が起居する中奥へ
隔日参勤し、将軍の日常を助けます。絵具方は将軍が絵を描く傍らで道具類一式を管理します。

 時の将軍家治(いえはる・在任1760-1786)は、祖父吉宗が引き立てた田沼家の意次に政治を任せ
絵を始め趣味に生きた人です。父の家重が病弱なため吉宗の薫陶を受けた家治は、使用人への気
配りも深く、倹約家の大人しい将軍と評されます。家治が栄川院典信に絵を習う間、時富も共に
習い、自作の絵の署名を栄川院の一字から栄之と号したのは、家治の上意と画伝は伝えます。

「世の中を 見切つて散るか 山桜」許六(森川許六・1656-1715 彦根藩井伊家家臣 江戸勤めで芭蕉と邂逅)
 家治は実子が早世し、天明元年一橋家から家斉(いえあき)を、本丸御殿と同じ間取りの第二の
本丸の西丸へ養子に迎え、近世最大の大飢饉」(1782-1788)に見舞われていた天明六年(1786)に
逝去します。まだ家斉が幼く、白河藩主松平定信が老中首座となり、田沼意次の政策を覆し財政
の逼迫や農民の救済に当たります。家治、家斉、定信は従兄弟同士(吉宗が祖父で父が兄弟)、誰にも
将軍になる権利があり、幕府内でそれぞれの勢力が動いたと近年指摘されていますが、浮世絵も
取り締まる「寛政の改革」が始まる前の天明三年に、栄之は病を理由に職を辞します。

 職を辞した時富は寄合(無役の上級旗本・布衣以上の退職者)になり、寛政元年(1789)実妹を養子に
して婿を取り、34歳で家督も譲ります。また栄之が浮世絵に手を染めたことから狩野派を破門に
なります。遡ること寛延三年(1750)、表絵師狩野春賀が浮世絵宮川派と死傷事件を起こし、幕府
から喧嘩両成敗の沙汰を受けています。幕府の御用絵師で狩野家の奥絵師、栄川院典信自ら教え
た武士が浮世絵を描いては一門へ示しがつかず、見過ごせなかったと筆者は推測します。栄之初の
浮世絵版画(黄表紙『其由来光徳寺門』挿絵)の天明五年説は七年と近年訂正されましたが、同六年
(1786)の柱絵版錦絵(版元西村屋与八)同七年(1787)の黄表紙挿絵(版元蔦屋重三郎)も栄之の辞職
(1783)と隠居(1789)の間の作です。破門された栄之に浮世絵界も仕事が出しやすくなります。
修行期間が無いに等しい者が、有力版元から突然登場する例は写楽の他なく、早くから栄之の腕
が見込まれた説が展覧会の図録に見えます。時富は終生栄之を名乗り、栄川院も黙認しました。
浮世絵版画は彫師と摺師との協働で作り一人で仕上げる肉筆画とは勝手が違います。師が文竜斎
(生没年経歴不明)と伝わるのはその要領を教えたのでしょうか。また日本で初めて八頭身を描いた
と小林忠先生が指摘される、鳥居清長(1664-1729)を好み、初め同様の美人画を描いています。
そこで二人の名前を混ぜて鳥文斎と名乗ったかと筆者は推測しますが、寛政年間(1789-1801)に
は独自の様式を確立し、人気作家として大判三枚続や五枚続の贅沢な錦絵を次々に発表します。

「世の中は 三日見ぬ間に 桜かな」蓼太(大島蓼太・りょうた・1718-1787 俳人 三日見ぬ間の桜の語源)
 栄之の美人画は、当時活躍した歌麿の大首絵に対し、スラリとした全身像が特色です。代表作
『青楼美撰合(せいろうびせんあわせ)』と『青楼芸者撰』は当時歌麿だけでなく近代美人画の鏑木清方
も影響を受け、栄之の美人画は現代に繋がります。上掲の絵もほとんど薄墨だけの表現ながら、
狩野派基本の水墨画の骨法がしっかりしているから見飽きません。鮮やかな色から錦絵と呼んだ
浮世絵で、渋好みの栄之の絵は紅嫌いと呼ばれ、文人を中心に愛好者が増え、紅嫌いの元祖とも
言われます。特に肉筆画に長けた栄之は寛政十二年(1800)妙法院宮が江戸へ下向の折、将軍家斉
の命で隅田川図を描き、その絵はさらに絵を好む後桜町上皇へ渡り、ことのほか喜ばれた上皇は
御文庫に納められ、それを聞き栄之は光栄に感じ「天覧」印を作ったと言います。庶民のための
浮世絵師の絵が、宮中奥深くにまで届けられるという現象が起こっていたことに改めて注目して
おきたいと、小林忠先生は指摘されています。(『浮世絵』小林忠著 2019・山川出版社)

 晩年は版画を離れ肉筆画に集中するようになり、白色顔料は当時の一般的な貝殻胡粉に加え、
江戸時代には珍しく、白粉に使う高価できめ細かい鉛白を使用していたことが近年の化学分析で
解明されました。将軍絵具方を勤めた経験で高価な顔料も躊躇なく使えたのでしょう。また最近
発見された肉筆画『和漢美人竸艶図屏風』は、古代中国と日本それぞれの三大美女を描き、装い
や調度品類が大変詳しく描かれ、生家や江戸城で古画や実際の衣装文物を見た経験が生きている
のではないかと推測されます。遊里以外の宮廷や武家の美人画も多く描き、浮世絵にも関わらず
上流階級や知識人の顧客が多く、栄昌、栄水、栄里、栄深ら多くの門人を輩出しました。

鳥文斎栄之と葛飾北斎
 栄之は北斎の4歳上で、北斎が師春章の死後、勝川派を離れた時にはすでに人気絵師でした。
まだ仕事がない北斎を版元蔦屋重三郎は、栄之ら豪華絵師が描く彩色挿絵入狂歌本、『柳の糸』
(1797)と『男踏歌』(1798)に加えました。栄之の美人画を独占販売した西村屋与八も北斎の
『富嶽三十六景』(1831)を出し、栄之と北斎の合作も作りました。肉筆画でも美人画や吉原通い
の隅田川絵巻に名品を残す北斎は栄之と親しかったのでしょう。栄之の絵は北斎と同様、明治の
来日外国人に好まれ、海外へ大量に流出しました。今春大英博物館や米国ボストン美術館の協力
で開催された世界初の「鳥文斎栄之展」(千葉市美術館 2024年1月6日~3月3日)で、私が惹かれた
『女三十六歌仙絵尽』(1801・版元西村屋与八)は、6歳から15歳の少女36人の手になる上手な和歌
の書に、小野小町ら女流歌人を栄之が挿絵に付けた彩色摺絵本で、北斎の巻頭口絵も付きます。
小さな絵ながら栄之が描く十二単衣の折重なり広がる線と色が優雅で美しく、思わず感嘆の声が
出ました。教育熱心な武家や商家の親達がお金を出し合い作ったと考えられるそうです。



栄之筆 三福神吉原通い図巻 「全盛季春遊戯」(部分)恵比寿と大黒、福禄寿三神が吉原へ行く絵巻。花魁道中の図。
メトロポリタン美術館蔵 As part of a project by the Metropolitan Museum of Art. Public domain.
*注1:享保年間(1716~36)八代将軍吉宗が王子飛鳥山、隅田川堤、小金井堤などに桜を植え庶民の花見を推奨。
*注2:安永六年(1777)典信は家治より木挽町に屋敷地838坪を拝領。以後狩野尚信の家系を木挽町狩野家と呼ぶ。
参考文献:『浮世絵』(小林忠・2019・山川出版社)/『鳥文斎栄之展図録』(©️2024千葉市美術館)
*文中表記の作品はいずれも展覧会で鑑賞出来ます。掲出した肉筆画はどちらも展覧会には出ていない作品です。

🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲 🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲🌲

お知らせ
新作映画「サステナ・フォレスト~森の国の守り人たち~」3/16から上映
前号で近著『なぜかいじめに巻き込まれる子どもたち』を紹介した川上監督の最新作映画です。
3/16から東京、大阪、名古屋、京都、福岡、札幌、順次上映。以下監督からのメッセージです。

TBSテレビ報道局「news23」編集長の川上敬二郎と申します(1月に「報道特集」から異動しました)。
(中略)TBSテレビでは毎年春、ドキュメンタリー映画祭を開催。全国各地を回っています。
https://www.tbs.co.jp/TBSDOCS_eigasai/
私は2023年に『サステナ・ファーム トキと1%』を初監督し、今年はその続編として
『サステナ・フォレスト~森の国の守り人たち~』を上映します。
https://www.youtube.com/watch?v=_dwfo0IAod8 (予告編)

全国での上映予定も含め、映画チラシを作製しました(添付画像)。シンポジウムの翌週、恥ず
かしながら3月16日の午後(上映12:45~13:55、舞台挨拶13:55~14:25)には東京・
渋谷で東京大学の蔵治光一郎教授と、3月23日の午後には京都で京都大学の山極壽一名誉教授と
舞台挨拶もさせて頂く予定です。福岡会場では、九州大学・佐藤宣子教授も舞台にご登壇される
予定です。持続可能な森づくりを深く考えてこられた皆様のお力で、この映画を応援頂けたら幸い
です。もしご講演など関連イベントの機会が近日中にございましたら、映画についてもご紹介頂け
れば幸いです。添付のチラシを数百枚、お送りすることもできます。また様々なメディアやSNSを
通し、当映画を取り上げて頂けたら幸甚に存じます。どうぞご検討の程、宜しくお願い致します。
(川上監督へのご連絡は、当メルマガが窓口となり代行します。→todayofmac@icloud.com)