かつての林業に学ぶ

国産材のシェアはわずか18%しかありません。なぜでしょう? よく言われるのが「外材は安い。日本は人件費が高いので価格が高くなる。山が急峻なので作業性が悪く、合理化ができない」などです。しかし、どうも言い訳に過ぎないきらいがあります。

国産木材の杉価格については、1990年代で外材に比べて安くなっています。また、日本と同様に急傾斜が多いオーストリアでは、伐採から集材までのコストが1,800円/立方メートルからであるのに対して、日本では3,500円/立方メートル以上にものぼり、2倍のコストがかかっている状況です。生産性を比較しても、50年前では欧州も日本も1.5立方メートル/人・日でしたが、その後北欧は合理化を進め、今日では30立方メートル/人・日を実現している一方、日本はいまだ3~4立方メートル/人・日で、1/10に留まっています。欧州では、林道を密に整備し、機械化が効率的に生きるシステムを着実に具体化し採算性を向上させ、多くの就労人工を抱える産業に仕立て上げています。

さらに欧州では、木材加工時に出る端材や木屑をチップやペレット、OSB(木質ボード)、LVL(スライスしたベニヤを繊維方向に積層接着した建築材)などにして建材開発を進め、歩留まりを向上させています。かつて日本でも、10年生位の間伐材は足場丸太や稲穂の干架、小角材、内装材にし、二次間伐の30~40年生は、床柱の磨き丸太、造作材、小径柱などにして販売していました。

さらに、杉皮は屋根材(コケラ葺)、杉の葉は線香の材料にし、杉の苗と一緒にコウゾ・ミツマタを植えて和紙材料とするなど、きめ細やかな隙のないビジネスを営んでいました。主伐材の端材は、樽や神具、野菜や果物箱にし、さらにその端材を割り箸に加工、製材時に出た木屑は暖房や調理などの熱源に利用し、残った灰は畑にすき込んでいました。

このように、かつての日本ではマーケットのニーズを捉え、商品開発するなど、努力を惜しまず工夫していたのですが、現代では時代の変化を読み取れずにただ放置しているだけと言えます。ただ、このような状況は逆にチャンスとも言えます。何もしていないがゆえの工夫の余地が多くあるのです。